ようこそ『The Ark』へ

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糸綴じの本:目次

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■単発作品
「柵の向こう側」
「白イ花」
「りんご箱」

■異端見聞
「異端見聞:狐雨」
「異端見聞:フミキリ」

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- | 2011.02.18
***


行商の男の話は、瞬く間に噂となって街中を駆け回った。

「世の中には…」
「…ホントに」
「しかしその青年…」
「えぇ、もしかして…」
「…まさか」
「いいや、有り得るぞ…」

噂は噂を呼び、別の噂となって街の人々を騒がせた。

消えた街一番の令嬢は、とても美しかった。
生きたままにその姿を張り子にされてしまったのではないか、と。


長期滞在をしていた行商の男の元へ、街一番の富豪である男が訪ねてきた。

安宿の一室、小奇麗な部屋で、富豪の男と行商の男は向かい合う。

「街一番の富豪様が、しがない行商者に何用だい?」
「噂は聞いている。もう少し詳しい話が聞きたくて来たんだ」
「噂?」
「お前が酒場で話した、人の形を成したモノに魅入られた青年の話だ」
「あぁ、あの話。…しかし、なんでまた?」

富豪の男は、かつて最愛の娘が見窄らしくも端整な顔の男と駆け落ちしてしまった事を話した。
娘はまるで宝石のように美しく、愛らしい少女だった。

少女の父親は、年の割に老け込み、髪の色もすっかり白くなっていた。
哀れに思った行商の男は、自分が見た、人間の形を成したモノの事を細かく話してやった。

「たしか、青年は少女の名を呼んでいたな。小さい声だったから上手く聞き取れなかったが…」
「本当か!名前…名前は何と呼んでいた!?」
期待と、恐怖を抱く目で少女の父親は行商の男にすがりつく。


「たしか、『アリス』と」


***


永遠を願うのは、人の業。

有限から切り取られ、別の器に閉じ込められた少女。


『アリス』は行商の男から居場所を知られ、少女の父親によって街へと帰ってきた。

肖像画とも、塑像とも、銅像とも違う、その美しい様相。
人間の永遠への憧れを形と成した、罪の証。

少女の父親も母親も没した後、その家に『アリス』は代々と受け継がれてゆく。
いつしか、『アリス』は『アリス』ではなく『観賞用の人間』と畏怖と蔑みを持って呼ばれるようになる。

そのような事など、露にも夢見ていない少女の父親は息を引き取る間際、血の繋がりのない息子にこう語っていた。

「あの子の声が聞きたい。あの子の優しい笑顔が見たい。
 ああ、神の御元へ行こうとも、あの子はずっと現世に留まり続ける。
 二度と見る事はないのだろう。
 ならば、せめて、あの子にもう一度美しい声を、柔らかい微笑みを…」


***


富豪の息子は、養父の願いを叶える為に呪術師を雇う。

呪術によって、『アリス』は声と笑顔を取り戻す。

永遠に衰える事を知らない躯を、罰に背負って…。




『アリス』の噂は世界中を駆け巡る。

人の形を成す、人間よりも美しく、綺麗な声で啼く、人では無いモノ。
ある者は恐れ、ある者は欲した。
またある者は、理想の形の別の『アリス』を欲した。

『観賞用の人間』

いつしか、他にも作られるようになった、それらは、畏怖と蔑みと憧憬を持って、そう呼ばれるようになった。


***


こうして、『人形』と名付けられる前の存在、『観賞用人間』が生まれたのだよ。

どこかしらその面ざしに憂いを帯びるのは、その有限から切り取られた罪からか、永遠に衰えぬ躯への罰からか。


あぁ、これがいつ頃の話かは分からないのだよ。


本当に遠い昔の話だから、ね。


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D伯爵の童話 | 2006.12.31

- | 2011.02.18