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- | 2011.02.18
第2章:ジェシーという人形


それはそれは遠い昔のお話。

人形には「人形」という名前がなく「観賞用人間」と呼ばれていた頃の話だ。
動くし、喋るし、普通の人間よりも美しい、それが「観賞用人間」
元々は、貴族などの上流階級の人間達の玩具であったが、流行りの為に庶民でも手軽に手に入れる事ができる、それはそれは新しい娯楽であった。
「観賞用人間」の主人となる者達の、「観賞用人間」の使用用途は様々。
ある者は、早くに亡くした子供の代わりに、またある者は、優秀にして忠実な召し使いとして、またある者は、寂しさを紛らわす話し相手として。

人間と同じように、「観賞用人間」は爆発的に増え、そこかしこで「観賞用人間」を見かける事は普通になっていた、そんな時代の話だ。


***


ある、庶民の男が「観賞用人間」を1体、手に入れた。
周りに爆発的に増えてきた彼等と、彼等の主人が羨ましく思えたのだろう。
なにせ、彼は独り身だ。
何もない我が家で一人の夜を過ごすのが苦痛になったのだ。

男が手に入れた人形は、少女と大人のちょうど中間ほどで時計の針を止めてしまったかのような、幼さと大人の色香を合わせ持つ、それはそれは見目麗しい女の人形。
彼女には「ジェシー」という名前を与えた。

ジェシーはなんでも完璧にこなす事のできる、それそれは優秀にして忠実。
だらしなく散らかった男の家は常に清潔と整然が保たれ、朝昼夜には店のものよりも美味しい、きちんとした食事が男の前に並んだ。
ジェシーは食事をとる必要がない。
また夜は、性欲の盛んな年頃の男の相手にもなった。

そう、ジェシーは完璧にして美しい、男の召し使いであった。

さすがの男も、ここまで完璧にされるとは思っておらず、素晴らしい「観賞用人間」を手に入れた事に喜んでいた。
いつも頑張っているジェシーに、よく服を買って与えた。それだけで、ジェシーは喜んでくれたからだ。


***


昼も夜も、何不自由ない生活になった頃、男の心にはぽっかりと穴が開いたような、そんな空しさが襲ってきた。
満足だけをただただ享受する、それはなんて幸せで、退屈な事だろう。

生活に変化が無いのだ。

かつては気の合う仲間と朝まで飲み明かしたり、たまに一人で飲んで格好を付けてみたり、そのうち独りに侘びしさを感じたり。
感情の波が、だんだんと恋しくなってきたのだ。
ジェシーはたんたんと毎日を完璧にこなしすぎる。それがつまらなかった。
たまにはジェシーが失敗して、自分の中に怒りと言う感情を呼び起こしてみたいのだが、失敗など決してあり得ない、完璧な彼女には望めそうも無い希望であった。


そんなある日、男はいつもの飲み屋で一人の女と出会った。
一人で飲んでいた彼女に自分から話しかけた。
聞けば、数年も付き合っていた男に浮気をされ、挙げ句に捨てられてしまったのだという。
幸せだった頃の思い出と、嫌な記憶を、ころころと表情を変えながら喋る彼女に、男はだんだんと惹かれていった。
見栄えこそジェシーには劣るが、なかなか愛嬌のある、可愛らしい女だ。
その女はヴィヴィといった。

いつもの飲み屋で男は何度かヴィヴィと顔を合わせ、楽しく喋るうちに、ヴィヴィを好きになっている事に気付いた。

そのうち、二人は自然と愛しあう、恋仲になった。
男は、ジェシーの事が気になったが、ジェシーは「それは素敵な事ですね」と二人を祝福してくれた。
ヴィヴィが男の家を訪れると、ジェシーはヴィヴィの分の食事もしっかりと用意し、まるで、男とヴィヴィの二人の召し使いのように、完璧に動いた。

そう、ジェシーは完璧だった。


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D伯爵の童話 | 2006.12.15

- | 2011.02.18