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糸綴じの本:目次

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■単発作品
「柵の向こう側」
「白イ花」
「りんご箱」

■異端見聞
「異端見聞:狐雨」
「異端見聞:フミキリ」

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- | 2011.02.18
 あの柵の向こうに飛んでいけたら、楽になれると思ったんだ。


「何でこの柵高くなってんの?」
立入禁止の屋上で、カズトがため息ついていた。
「どっかの馬鹿が、飛び降り自殺なんてしようとしなけりゃ、高くはならなかったろうね」
僕は当たり前の返事をしてやった。どっかの馬鹿は何を考えているのか、高くなった柵をガタガタ揺らしている。
柵が高くなったおかげで、こっちもいい迷惑を被った。もうすぐ美術選考会だってのに、描きかけの絵を大幅に変更しなけりゃならなかったし、高い柵の所為で空が狭く感じられる図になったからだ。
描き直しもかねて、別の場所を探そうにも、時間がない。
「…なぁ、カズト」
「んあ?」
まるで牢獄の鉄格子のような柵を背にカズトは此方を向いた。
「なんで死のうと思ったの?」
手と視線の動きは変わらずに、僕は聞いた。
視界の端に顔の筋肉だけ笑わせた、カズトの顔が写った。
「…楽になれると思ったんだ」
カズトがつぶやくように言った。
「俺が人間であった証を、残してくれるだろうから」
手が、止まった。思わず顔を上げる。
「…人間の、証?」
「そ。証」
白く霞む冬近い空。どこまでも晴れて、何も見えないほどの蒼さ。
カズトの眼鏡が太陽を反射して、眩しかった。
「俺は人間なんだーって、証明したいんだ」
腕と肩と、身体全体を伸ばす。
「簡単に壊れる、儚い生き物なんだ。ってね」
皮膚と筋肉だけで笑う顔が綺麗で、怖かった。
「コウキは?人間の証って、持ってる?」
「…え…」
問われて、答えられない自分がいる。
分からない。
「…考えたこと、ないよ」
だって、必死になって絵しか描いてこなかった。
父が、兄が、美術界で有名だから。
自分もそうあるように育てられたから。
「…言われたとおりにしか、生きてこなかったから、そんなこと疑問にも思わなかった」
自分にあるのは絵だけ。自由は真っ白なキャンバスの上にだけ存在している。
「絵を描く事しかできないから…」
敷かれたレールだけど、嫌いじゃない。
「……ふーん」
カズトが冷めた目で僕を見た。なんだ、つまらない、という風に。
「あるじゃん、証」
「え?」
「お前が描いた絵は、お前を証明する。お前というものがどういう人間であったか、その絵を見たやつの記憶に刻み付ける。絵はいいな」
「カズトも描く?」
「…いらない」
氷のように酷く寂しい声でカズトが返した。ちょっとびっくりした。
「…昔話、してやろっか」
鉄格子に寄りかかるカズトの背に、何者も寄せ付けない空が広がっていて、綺麗だった。
「…俺、頭良いじゃん?これ昔からなんだよね」
そう言って、カズトは話し始めた。

「別に勉強が好きって分けじゃなかった。でも、勉強も運動もクラスでは一番だった。だから周りはむやみに期待をしていた」
カズトがふっと鼻で嗤う。
「うざかったぜ、ものすごく。そしてみんなは俺をただの便利屋にしか見なくなった。宿題の答えなんて、俺のを見ればいいってね」
「…みんなに、見せてたの?」
「あぁ。しつけーんだもん。見せろって。だから見せてたよ。…でも、ある日事件が起きた」

「事件?」
「ある宿題が出されたんだが、その答え合わせは授業中に一人一人に答えてもらうようなヤツだったんだ」
「よくあるな、そんなの」
手と視線の動きは変えずに、僕はカズトの話に耳を傾けた。
「俺はいつものようにみんなに見せた。でも、今回のはやたら難しくて…答え合わせをしてみたら、ほとんど合っちゃいなかった」
カズトの顔が少し淋しそうに笑った。
「そしたらどーよ?俺のを写した連中、授業の後にこう言ったんだぜ?『なんで合ってないんだ。なんで間違った答えを教えたんだ』ってな」
反吐が出る、と言わんばかりの顔だった。
「俺だって完璧じゃぁない。間違えることも、失敗することもある。奴らはそんなことも忘れていたんだ。そこで俺は気付いた。奴らは俺を人間だなんて思っちゃいない。そこに俺が人間であるという証明はないってね」
無機質な、硝子のような顔をしていた。
僕はいつのまにかカズトの話に聞き入っていて、手は止まり、視線はカズトの冷たく変わる表情を見つめていた。
「俺はそのうち失敗は許されない存在になった。完璧に全てをこなし、全てにおいて頂点であること。そうさせる事で、奴らは自らにかかる期待や非難を逃れられると思ったんだよ。いくら頑張ったって、俺にはかなわないんだと諦められるから」
「…カズト」
「なぁ、コウキ」
たまに見るカズトの物憂げな表情は、そんな小さな傷が作る、消えない痛みだったのだ、と思い知らされる。
「俺は自分というものが分からなくなったんだ。だから、俺は自分が完璧じゃない、簡単に壊れる人間だって証明したいんだ」
笑っていた。
冷たく淋しく、でも、嬉しそうに、カズトが笑っていた。
僕は綺麗だと思った。儚く脆いものには、不完全な美しさがある。そしてそれは、今、完成されるのだ。
カズトが柵をよじ登る。
僕はそれを黙って見ていた。
不完全なるものの美しさの完成を、黙って待った。
「コウキー」
柵のてっぺんから、カズトが呼びかけてきた。
「何?」
僕は座り込んだ位置から動かずに、答えた。
「最期に、この話聞いてくれてありがとな。すっきりした」
カズトが清々しく笑った。
「心おきなく、飛べるよ。ありがとう」
そう言って、カズトが飛んだ。
鳥みたいに。
蒼い、空の先に。柵の向こうに。
飛んでいった。
それは、不完全な美の、完成だった。
僕の目から、自然と泪が溢れた。それはカズトが逝ってしまった所為なのか、たった今完成された美への畏怖なのか、僕には分からない。
僕は泣きながら必死で手を動かした。
たった今完成した不完全な、完全の美を、描き留めたかった。
下が騒がしかったけれど、気にならなかった。カズトが飛んだ空を、僕は描きたかったから。


静かな曲と、静かな光。微かに聞こえる話し声。都立美術館に、僕の絵は飾られた。金色の細やかな細工を施した額縁に入れられて、切ない色の空の絵は飾られた。
美術展で入賞した絵は、此処に飾られる。僕の絵は最優秀賞をもらった。
カズトがくれた、そしてカズトに捧げる賞だ。
有名な先生の評論には、空の先への多大なる羨望と希望を求め…と、前向きなことが書いてあった。
そんなんじゃない。
僕はただ、目の前で見たんだ。不完全なる物の至上の美の完成を。僕はそれを描いただけだ。
絵の題は、カズトの言葉から取った。
『柵の向こう側』
カズトのいる場所の名前だ。


Fin

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糸綴じの本 | 2006.12.03

- | 2011.02.18
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